ゾンビに人権はあるか?[2]──レオンは侵略者?

もし仮に、われわれが「ゾンビ」(ガナード)に襲われたとして、自分の身を守るために発砲し、なおかつ相手を死なせてしまった、としたらどうでしょうか。
そもそも銃を持つことが違法かもしれないのですが、そうだとしても〈人権〉(FHR)の問題は生じません。
〈人間〉と〈ゾンビ〉の間には〈FHR〉は成り立たないからです。
では、われわれが警察官だったとしたらどうでしょうか。
警察官は〈国家機関〉の一員ですから、〈FHR〉の問題が生じる可能性があります。
〈警察官〉と〈人間〉の間には〈FHR〉が成り立つからです。
とはいえ、警察官とはいえ生身の人間ですから、正当防衛で武器を使用することは認められるでしょう。
では、『バイオハザード4』のレオンの場合はどうなのでしょうか。
たしかに、「村人が襲ってきた」→「差し迫った生命の危険がある」→「危険を排除するために発砲する」という一連の流れに不適正な点はないように思われます。
ところが、レオンは住人の許可なく勝手に家に入りこんでいます。
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村人からすれば「銃を持ったわけのわからない男が、気づいたら家の中にいて、何やらわめている」。そう思えたとしても不思議ではありません。
つまり、村人のほうこそ「生命の危険」を感じたのかもしれません。だから、武器を手に取り、身を守ろうとしたのでしょう。
そもそもなぜレオンが行方不明者の捜索をしているのでしょうか。
対象がアメリカ大統領の娘である、という大義名分はあります。だから、ここがアメリカ国内であれば、問題は生じません。
しかし、ここは外国なのです。
犯罪が起こった場合、いくら被害者が外国人であろうと、捜査はその国の警察が行なうのが一般的です。
これを〈国家主権〉と言います。
現に、レオンは現地の警察の案内で村にやってきました。
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現地の警察を差し置いて、外国(アメリカ)の捜査官が住宅に侵入、住民に対し発砲し、殺害してしまった。
これが『バイオハザード4』の序盤で起こった出来事です。
著しい〈人権〉侵害であると同時に、〈国家主権〉侵害であるといえます。
──と、ここまで論を展開してきたものの、何か違和感があるのもたしかです。
主人公(=レオン)がとてつもない悪者──というのでは、ゲームをプレイするためのモチベーションが上がりません。上がる人もいるかもしれませんが、罪もない人を殺すのは、いくら虚構とはいえ嫌です。
レオンを救う方法はないのでしょうか。「レオンは正義の味方」。なんとかこの結論を導き出せないのでしょうか。
これを次回以降の課題としたいと思います。

ゾンビに人権はあるか?[1]──『バイオハザード4』から〈真実〉を見つける

〈ゾンビに人権はあるか?〉

──ほとんどの人にとってまさに「どーでもいいこと」だろうと思います。『バイオハザード』ユーザーでさえも、関心を払うことのない問いかけでしょう。

しかしながら、テレビゲームという虚構の世界にも、〈真実〉や〈理(ことわり)〉が含まれている場合があります。それは、このブログでもしばしば取り上げてきたとおりです。

今年は、「バイオの年」でもありますので、そこにちゃっかり便乗していきたいとも思うわけです。

前回の【声優学入門】でも取り上げた『バイオハザード4』ですが、ここに〈真実〉は含まれていないでしょうか。

老若男女がプレイし、世界中で親しまれているゲームですから、一見すると気づかないけども、重要な〈何か〉が隠されているはずです。

というわけで、まずはゲーム序盤の展開から検証していきましょう。

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死刑否定論者が考える「死刑肯定論」──『ジョジョの奇妙な冒険』にみる殺人に対する〈裁き〉

このブログは死刑に反対の立場ですが、では否定論者があえて死刑を肯定する理論を構築するとどうなるか。今回はこれに取り組みたいと思います。

これによって肯定論のメリット・デメリット、否定論のメリット・デメリットが見えてくるはずです。

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光市母子殺人事件で死刑判決──〈国家機能限界説〉と『サイレントヒル2』から死刑を考える

山口県光市で1999年に起きた殺人事件について、2月21日に死刑判決が下されました。

このような報道を目にし、耳にするたびに、心が痛みます。

なぜ、心が痛むのか、その原因を考えると、死刑判決の出されるような事件は凄惨であることがひとつ。

もうひとつは、死刑という名の〈殺人〉が“正当に”行なわれることに対する違和感です。

しかし、心を痛めているだけ、違和感を覚えているだけで済ませるわけにはいきません。

コトは、〈国家〉という社会システムのありかた、ひいては私たちの生きかたに関わるのですから。

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お正月は暇なので「戦争と平和」について考えてみた──2日目:『サイレン』

他国に攻められたときのために軍隊を持っておくのは当然──というのが自衛隊(日本の武装)賛成論です。

これをわかりやすくするために、「強盗に襲われたとき、抵抗せずになすがままにしろというのか。反撃するのは当然だ」といったたとえ話で説明されることがあります。これを仮に〈強盗論〉とでもしましょう。

今日はこの〈強盗論〉について考えてみます。

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お正月は暇なので「戦争と平和」について考えてみた──1日目:『プレデター』

お正月のように、普段の喧騒を離れ、まるで悠久の時間が流れているような、そんなゆったりとした精神状態のときには、せわしない日常では思い至らない、大局的かつ抽象的なことがらに思いを巡らせるのに絶好の機会となります。

で、新年は「戦争と平和」という大仰なテーマに取り組んでみることにしました。

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〈FHR〉って〈A.T.フィールド〉のことじゃね?

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』のDVDとブルーレイが 5月26日にリリースされます。 「みなさんはもう予約しましたか?」

はーい(*゚▽゚)ノ

──ってことで、『エヴァンゲリオン』で思い出したのが、 「〈FHR〉って、まさに〈A.T.(エーティー)フィールド〉のことだよなあ」 ということ。

今回は〈FHR〉が〈A.T.フィールド〉として どこまで語れるのかやってみよう。

ただし、ここでいう『エヴァ』は とりあえず10年前に完結している 「旧世紀版」の話。 新劇場版にも〈A.T.(エーティー)フィールド〉は出てくるけども 旧世紀版と同じ概念なのかは 物語が完結していないので、 まだまだ予断を許さない状況だ。

といったわけで、 以下、旧世紀版『エヴァンゲリオン』のネタバレ (場合によっては「新劇場版」も) を含みます。

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人権──私はこいつを〈FHR〉と名付けて呼んでいる

〈基本的人権〉は私たちにとって大切なものです。しかし、最近はこの〈基本的人権〉がないがしろにされています。そこで、〈基本的人権〉の重要性をあらためて考えるために

──なんて書き始めたところでモチベーションは一気にガタ落ちしてしまう。

なんかダサいお(;ω;)

「基本的人権を尊重しろ!」「被害者の人権と殺人犯の人権、どっちが大事なんだ!」「人権派弁護士が何をほざいているんだ?」

こんなふうに「人権」はテレビや新聞を見ていると、毎日のように目にし耳にするのである意味、なじみのある言葉なんだけど──。

もうウンザリって感じだお(p´□`q)゜o。。

このダサダサ感、ウンザリ感を打破するために私は〈人権〉という言葉を別の言いかたに変えてみることにした。

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