今野晴貴『ブラック企業 日本をくいつぶす妖怪』──ブラックなのは「会社」ではなく「社会」

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「ブラック会社」という“概念”は、一般的にも認知度が高まり、問題意識を持つ人も多くなっているかと思います。
しかし、世の中には「ブラック会社」と「ブラックでない会社」があり、前者を非難追究する、という態度に陥りがちです。
少なくとも私がそうでした。
そうなってしまう理由は、「ブラック会社」というものが社会的にどのような意味を持っているのかがよくわからないことです。
そして、なぜわからないかというと、「ブラック会社」というのは、ある特定の企業を指すのではなく、〈社会の状態〉そのものを表す言葉だからです。
だから、いち企業である「ブラック会社」だけを問題にしても仕方がないわけです。
つまり、「ブラック会社」ではなく「ブラック社会」と表現するほうがより正確でしょう。
ただ、まあなんとなく、この本を読む前から、あいまいながらもそんな気はしていたので、新たな発見というほどではありません。
しかし、では具体的に「ブラック企業」が社会に与える影響とはどんなものなのか、というところまで考察が進んでいなかったのも事実です。


社会全体が引き受けるコストは、鬱病に罹患した際の医療費などのコスト、若年過労死のコスト、転職のコスト、労使の信頼関係を破壊したことのコスト、少子化のコスト、またサービスそのものが劣化していくといった、あらゆるものに及ぶ。

上記はほんの一例ではありますが、この本を読むことで、その「具体的な影響」がわかり、目からウロコの心境です。

【ブラック企業 日本をくいつぶつ妖怪】
今野晴貴
文春新書
¥809

『アクションゲームサイド』Vol.A発売!──ゲームをより楽しむためにレビューを書こう![番外編]

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自分の好きなゲームについて熱く語るゲーム雑誌『アクションゲームサイド』Vol.Aが12月3日に発売されます。

これは『ゲームサイド』に掲載されたアクションゲームの記事を集めたものです(新作記事もあり)。

ぎゃふん工房は〈「セガ道」師範代〉として、

  • 『ウッディポップ』(セガ・マークIII)
  • 『ベア・ナックル』『ベア・ナックルII』(メガドライブ)
  • 『スーパーワンダーボーイ』(セガ・マークIII)

のゲームレビューをしています。

また、有名クリエイターが名作のイラストを描くコーナー「レトロポリタン美術館」で、

  • 『モンスターワールドIV』(メガドライブ)

のゲーム解説もしております。

ぜひみなさんもこの雑誌をご覧になって、ゲームレビューの書き方の参考にしてください。

……といいたいところですが、私の記事に関しては、ゲームレビューとしては、かなり奇をてらったものになっておりまして、あまり参考にならない気がします。

ですが、ほかの方の記事は、「悪口を言わない」など、 これまで述べてきたような「ゲームレビューの心得」があてはまりますので、お手本になるのではないかと思います。

書店で見かけましたら、ぜひ手に取ってみてください。

斎藤貴男『私がケータイを持たない理由』──やっぱりここらで立ち止まって考えたほうがいいよな

ケータイを持たないと公言しているか、「たぶんこの人は持っていないだろうな」と想像できる人がいて、斎藤貴男氏も後者のひとりでした。

斎藤氏はジャーナリストであるからして、そして新書の体裁として、本書では“社会的な”考察がなされているわけですが、それはそれでよいとして、ケータイ否定論は「使わないから」の一点突破でもいいのではないかと思う。

それに、「ケータイ主体思想」は完全に社会に浸透し、今は「スマートフォン」や「タブレット」の猛攻にどう立ち向かうかが課題となっています。

本来は立ち向かう必要はないはずです。でも、不所持者が理不尽な不利益を被るのもまた現実でしょう。

──などと、“よけいなこと”を寝た子を起こすみたいに考えさせられてしまう一冊です。

しかし、ここで一度立ち止まって、ケータイに象徴されるところの「ネット文化」「電子メディア文化」について考えることもまた必要でありましょう。

大橋悦夫『「手帳ブログ」のススメ』──具体的な活用法をもう少しちょうだい

現在、本職の仕事のほうで「手帳術」のムックを制作しています。

さまざまな手帳の専門家に取材をしていると、手帳はスケジュール管理や備忘録としてだけでなく、〈自己実現〉〈自己発見〉のための道具として使っている人が多いことがわかります。

翻って自分のことを省みてみると、「〈自己実現〉〈自己発見〉はブログでやっているなあ」ということに気づきました。

で、似たようなことを考えている人もいるもんだ、と思って手にとったのがこの本です。

ただ、「ブログを書く際のポイント」「ブログを続けるモチベーションを保つためのコツ」のようなことは書かれているのですが、まあ、私も薄く永く10年ぐらい“ブロガー”をやっていますから、もうちょっと先に進んだ具体的な活用法を知りたいなあと思いました(その意味で、この本の対象読者から私は少し外れているといえます)。

逆に、多くの読者にとってはタメになる話が書かれているということかもしれません。

ん? ということは、もっと先を行く本を自分が企画すればいいのか? そうか、そういうことか。

貴志祐介『悪の教典』(上)(下)──絵に描いたような貴志ワールドは嬉しいかも

このブログでは、貴志祐介を「心の闇を描く作家」と勝手に決めつけています。

で、前回読んだ『新世界より』には、あまり「心の闇」が出てこなかったのが残念だったと書きました。

満を持して『悪の教典』ですが、もうタイトルが示しているように「心の闇」でございます。
テイストとしては『クリムゾンの迷宮』『天使の囀り』に近い感じで、典型的な貴志ワールドが炸裂し、古くからのファンを楽しませてくれます。

といって、いたずらにファンにおもねるわけではなく、作者自身が書きたいものを書いていることが感じられる点が、これまたファンにはうれしいところです。

クライマックスも読者サービス満点で言うことなし──ではあるのですが、「サービス満点」であるがゆえに、かえって「わがままな読者心」が持ち上がってしまい、「いやクライマックスは凡庸だな」という思いすら抱いてしまうのです。

こういうクライマックスでなかったらなかったで「凡庸でもいいから、もっと盛り上げて欲しかった」という感想を持つことは間違いないのですが。

典型的な貴志ワールドを愉しむのか、それとも別の世界を期待するのか。じつに身勝手で贅沢な悩みなのですが、それも貴志作品の魅力のひとつということで。

貫井徳郎『乱反射』──読後にどう受け止めたらよいか困惑する

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とある幼児の死──それは人々のちょっとした自己中、身勝手さが招いた悲劇だった。
「自分の行為によって人が死ぬかもしれない」など、誰も思っていない。
その意味で誰にも責任はない。
でも、その中のひとりでも、もうちょっとだけ倫理観を持ち合わせていたら、ほんの少しでも罪悪感を感じていたら、子どもは死ななかった。
だから、決して法で裁くことはできないが、これはれっきとした“殺人”なのだ。
ハリウッド映画で言えば『ファイナル〜』シリーズや、『バタフライエフェクト』のような、〈風が吹けば桶屋儲かる〉式の小説版といった趣。
貫井徳郎ならではの重厚な筆致で、冷酷でいながら、しかし、残された家族に寄り添う作者の視線に温度を感じる良作だ。
困惑するのは、むしろ読後で、この作品をどう受け止めらよいのかという疑問が頭をよぎる。
「社会に生きる者として、これからもう少し〈倫理的〉に生きよう」という思いが沸いてくる気がするが、それはおそらく作者の意図ではあるまい。
いや、べつに作者の思惑など関係なく、読者それぞれが何かを感じ、考えればよいと思うが、では自分としてはどう思うのか──という答えがなかなか出ない。
答えを出さなくても別に何かが起こるわけではない。すると今度は「果たしてそれでよいのか」などという自問自答が始まってしまう。
読後に読者を困惑させるという意味で、なかなかの問題作でもあるのだ。

【乱反射】
貫井徳郎
朝日文庫
¥861

国家を作ろうとするものが暴力的であるのは必然である──大田俊寛『オウム真理教の精神史―ロマン主義・全体主義・原理主義』

オウム真理教が異世界からやってきた侵略者たちではなく、あくまでわれわれの社会から生まれたものであるならば、その根拠もまたわれわれの社会にあるはずだ。

──と考えたのは17年前。一連の事件が起こっているときでした。

では、具体的に〈根拠〉とは何か。

これが永らく謎であったわけですが、そのひとつの答えがこの本にありました。

本書はオウム真理教の〈精神〉を近代国家の成り立ちの視点から読み解くものです。

当ブログとして、大ざっぱにまとめてしまうなら、オウム真理教は〈国家〉を作ろうとして失敗した。〈国家〉は際限のない暴力装置である。だから、オウム真理教は暴力的でことは必然である──ということになるかと思います。

もちろん、これではあまりに乱暴なまとめかたなので、ぜひ本書を読んでみなさん自身でこの問題に取り組んでほしいと思います。

『地震イツモノート』──防災対策は“気づき”のゲーム

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地震対策は、運否天賦のギャンブルではなく、愚図から滑り落ちていく、“気づき”のゲームである。
これが当ブログの考えです。
本書は、その“気づき”の参考になるでしょう。
理屈めいた御託は述べずに、ただひたすら被災者(東日本大震災ではなく17年前の阪神大震災のそれ)のアドバイスを羅列した、ちょっと変わった趣向の本です。
しかし、だからこそ役に立ちそうですし、リアリティも感じられるわけです。

【地震イツモノート】
編者:地震イツモプロジェクト
監修:渥美公秀
絵:寄藤文平
ポプラ文庫
¥588

石持浅海『Rのつく月には気をつけよう』──これまた「推理ショー」の見事な舞台装置

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「推理ショー」を行なうための魅力的な舞台装置を用意する。その手腕は他の追随を許さない。
このブログでは石持作品をそう評してきた。
今作は、ご多分に漏れず「推理ショー」が堪能できるわけだが、何か事件が起こるわけじゃない。気が置けない仲間たちが酒と肴を楽しみながら、“人間関係”の機微について、ちょっと論理を働かせるだけだ。
とはいえ、これも立派な「推理ショー」には違いない。
何も人を殺さなくても、「魅力的な舞台装置」は作れる。それを証明した逸品といえる。
最後のどんでん返しも、実にあざやか。

【Rのつく月には気をつけよう】
石持浅海
祥伝社文庫
¥600

鈴木光司『エッジ』──角川ホラー文庫で出さなければ…

角川ホラー文庫である。にもかかわらずまったく怖くない。

「ホラー文庫だから怖くなければいけない」などとケツの穴の小さいことはいいたかないが、しかしところどころに「おっ、怖くなってきたぞ」と感じさせる部分があるだけに始末が悪い。

鈴木光司といえば『リング』。これも角川ホラー文庫であったが、まったく怖くなかったことを思い出した。

〈鈴木光司=角川ホラー文庫=怖い〉という先入観を持ってしまったこちらが悪いのかもしれない。

また、作者自身も「ホラー」に重きをおいていないのだろう。あくまでSF的な理屈をこねるのが目的のようにも思える。

であれば、「ホラー」でない普通の「角川文庫」でよかったのではないか。