『呪怨2』(映画)──史上最恐のホラー、今週公開!

たまには公開前の映画批評もよかろう。

「史上最恐のホラー」というのは嘘でも何でもない。本当に、これまで観たホラー映画の中で最も怖いのだ。これはライター生命をかけて断言してもよい。黒沢清、高橋洋が監修に名を連ねていることに象徴されるように、ジャパニーズホラーのひとつの頂点に達する作品である。

前作の劇場版では、オリジナルビデオ版に比べて、良くも悪くも普通のホラー映画という感じがして、オリジナルビデオ版からのファンとしては不満が残った。だが、本作では、前作で抑えられていた分、フラストレーションを一挙に放出、羽目を外した恐怖演出が炸裂するのだ。

オリジナルビデオ版、前作の劇場版、そして本作と、3本の『呪怨』が作られているが、いっこうに《恐怖度》が低下しない、むしろパワーアップしているというのが凄い。

たとえば、「夜中の決まった時間になると壁を叩く音がする」という怪談をモチーフにしたエピソードがある。これは『新耳袋 第二夜』(メディアファクトリー刊)114ページ「壁を叩く音」などでも紹介されているもので、ホラーファンならば途中で「ああ、あれか」と気づき、ある種の安心感を覚える部分だ。

ところが、ネタバレしていることはとっくに計算ずみであり、それを逆手にとった恐怖演出が展開する。

『呪怨』シリーズの特徴として、エピソードを分割し時間軸をずらして配置するという構成があり、本作でも健在だ。

こうした構成自体は他の作品でも見られるが、この構成が最も活きるのはホラー映画においてではないか、と本作を見て感じた。

仮に、通常の映画のように時間軸どおりに物語が進んでいくとしたら、「その人物がその後どうなったか」といった時間的・空間的な因果関係が問題になってくる。

しかし、時間軸をバラバラにすることで、そんなことは気にせず、ただただ恐怖演出の必然性のみでシークエンスを構成できるのだ。

『呪怨』シリーズは、観ている者を怖がらせることだけを指向しており、登場人物の感情だとか、背景にある人生などはほとんど語られない。悪くいえば、登場人物に厚みは感じられない。

もちろん、これは映画としての欠点というわけでなく、ホラー映画としては純度が高いとも言える。

言い方を換えれば、これまで主人公と言えるキャラクターは登場せず、登場人物は恐怖演出のための駒にすぎなかったのだが、本作でははっきりと主人公と呼べる人物が存在する

主人公の人生を物語の主軸に据えることで、人間味が漂ってくるようになってきているのだ。

さすがに、『呪怨』シリーズも3つ目ともなると、変わりつつあるということだろう。もちろん、それによって恐怖度が低下しているわけではないのは、すでに述べたとおりだ。

こうなると続編はどうなるのか気になってくる。本作がヒットするかどうかで続編の制作が決定されるだろうが、今回は続きが観たくなるようなラストシーンが用意されている。

とりあえず今は、これも気になるハリウッド版の完成を待つことにしよう。

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