『呪怨 パンデミック』(映画)──足掛け10年の“呪怨ウオッチャー”がこの映画を観ると……

ハリウッド・リメイク版の2作目にあたる今作は「前作より恐怖倍増。伽椰子の呪いもパワーアップ」と謳われているが、「なに言ってる。日本版『2』のほうが数倍怖いわいっ」と足掛け10年の“呪怨ウオッチャー”としては反論してしまう。

ここへきて、日本版とハリウッド版の違いがはっきりしてきた。日本版は、ひたすら恐怖の追究、ハリウッド版は映画としてのたたずまいの追究である。

日本版、とくに第2作目の恐怖演出は、かなり映画としてはトリッキーであり、それがそのまま、時空さえも操る伽椰子の恐るべき呪いの表現に直結している。

一方、ハリウッド版は、あくまで「万人向けホラー」という体裁だから、(日本版に比べれば)“普通の”演出である。しかし、映画としての重厚感はハリウッド映画ならではのもので、とくにスタジオに作られた「家」の存在感は、日本版を圧倒している。

では、“呪怨ウオッチャー”として、この『呪怨 パンデミック』で見るべきポイントとは何か。

まずは、伽椰子の呪いの源泉ともいうべき「伽椰子の少女時代」のエピソード。呪いとは、人知を超えた、理屈のつかないところが怖いわけだから、呪いについてあれこれ因果関係が語られてしまうのは、(それほど明確なものでないにしても)恐怖が半減してしまうというパラドックスもあるが、かといって「わけのわからないまま」伽椰子の呪いを発動し続けるのは、作るほうも観るほうも退屈してしまうだろうから、これはこれで好ましいことであるはずだ。

もう1点は、「パンデミック」の部分である。アメリカ人がアメリカのアパートで遭遇する怪現象のシーンを、日本人の監督が日本の撮影スタジオで作ったというのは、やはり感慨を禁じえない。あの「片隅」「4444444444」がここまで「拡大」するなど、誰が想像できただろうか。

ところで、“第3のキャラクター”が登場した日本版、“あの家に入った者が呪われる”という法則が早くも払拭されてしまったハリウッド版、いずれも続きが気になるラストになっているわけだが、さて、先にパート3が公開されるのは、どっちだ?

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