AMOYAMO『LET’S GO OUT』──ダンスが稚拙。でもそこがいいよー

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毎週楽しみにしているアニメ『銀魂』ですが、じつは楽しみにしているのは、オープニング曲だということに、先週気づきました(放映開始から何か月経ってるんだろう?)
だから、買ってしまったのですよ。Amazonでためらうことなく、ポチッと。
“ビデオクリップ評論家”の眼から見ると、ダンスがたどたどしい。動きにキレがない。
でも、そこがいい。
楽曲の疾走感は本物だし、ボーカルの延びも悪くない。
このまま突き進んでほしい。
AMOYAMO OFFICIAL WEBSITE

もうすぐクリスマスだから『NiGHTS』の「Dreams DREAMS」を聞こう!

あなたのクリスマスソングは何ですか?

ぎゃふん工房は、なんのためらいもなく『NiGHTS』の「Dreams DREAMS」を推薦します。

『NiGHTS』は、かのソニックチームが手がけたセガ・サターン用ソフトです。Wiiにも『ナイツ ~星降る夜の物語~』というタイトルでリメイクされています。

作曲は佐々木朋子さん。ニンテンドーDS『きみのためなら死ねる』で「ズンズンズンズン……Rub it!」という強烈なフレーズを編み出した人です。

「Dreams DREAMS」には2バージョンあり、ゲームの通常のエンディングでは、Kidsバージョンが流れ、条件をクリアすることで大人バージョンに変わります。

楽曲の完成度は、もちろん、大人バージョンのほうが高いのですが、今回推したいのは、Kidsバージョンなのです。

いまだかつて、これほどまでにかわいらしいクリスマスソングがあったでしょうか。

稚拙。子どもだから、もちろん、たどたどしい。だが、そこがいい。

ぜひ、iTunes Storeでダウンロードして聴いていただきたいのですが、なぜかKidsバージョンはないようです。

しかたがないので、YouTubeを貼っておきます。
もちろん、大人バージョンも必聴です。っていうより、神曲です。

MEIKO(ミーコ)「STUCK ON YOU」──春っぽい曲だからこそ真冬に聞きたい

ちょうど昨年の今ごろ、春を感じさせるアーティストとして、ロシアン=レッドを紹介しました
今年も同じように、春っぽい仕上がりのMEIKO(メイコと書いてミーコと読む)をおすすめします。
師走の慌ただしい時期だからこそ、ふと手を休めて、耳を傾けたいものです。

憲法は〈国家〉が本来持つ力をわれわれが押さえ込むための“呪縛”

憲法は〈国家権力〉が本来持っている強大な力を非力な私たちが押さえ込むための“拘束具”ということができます。

ひとくちに“拘束具”といっても、いろいろあって、『羊たちの沈黙』のハニバル=レクター博士が着せられているのも拘束具です。 

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ですが、〈憲法〉=〈拘束具〉のイメージにもっとも近いのは、『新世紀エヴァンゲリオン』のそれでしょう。

テレビシリーズ版(旧エヴァ)の第拾九話「男の戦い」では、暴走した初号機が、みずからの力で装甲板を破壊する描写があります。

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しかし、厳密には「装甲板」ではなく、「拘束具」であることが明らかになります。

「あれは装甲板ではないの。エヴァ本来の力を私たちが抑え込むための拘束具なのよ」

エヴァの拘束具は、レクター博士の場合と異なり、多くの人が装甲板と思い込まされていたことからわかるように、エヴァそれ自体をカタチ作っている〈構造体〉でもあります。

憲法は英語でconstitutionといい、「構造」「構成」といった意味になります。つまり、国家をカタチ作るものというわけです。

憲法は、国家の本来持つ力を押さえ込む拘束具であると同時に、国家それ自体をカタチづくる装甲板(構造体)でもあるのです。

さて、今述べたエヴァの概念は、テレビシリーズ(旧エヴァ)のものでした。

では、新劇場版ではどうなっているのでしょうか。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』に、テレビ版「男の戦い」に相当するエピソードがあり、ここでもやはり初号機は暴走するわけですが、「拘束具」という言葉は出てきません。

「ヒトのかけた呪縛を解いて、ヒトを超えた神に近い存在へと変わっていく」

つまり、旧エヴァより、さらに“高度な次元”にまで行ってしまった、と考えることができます。

先日のエントリーで〈国家〉=〈神〉説というのを提唱しましたが、まさに、ヒトのかけた(憲法という)呪縛を解いて、神に近い存在へと変わっていく(ことを望んでいる人がいるようだ)、というわけです。 その行き着く先は、

「世界が終わるのよ」

ということになります。 

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議論が錯綜してきましたので、今回の論旨をまとめましょう。

  • 国家は本来、強大な力を持っている。
  • 憲法は、国家をカタチづくるものであると同時に、国家の力を押さえ込むための“拘束具”(=呪縛)である。
  • その“呪縛” は、下手をすると国家みずからの力で解かれてしまう(暴走してしまう)。
  •  “呪縛”が解かれると、国家は神に近い存在となり、その行き着く先は世界の終わりである。

そして来週は、国家という神につかえる“天使”を選ぶ祭りごと(=「政」)が全国的に行われるということになります。

今野晴貴『ブラック企業 日本をくいつぶす妖怪』──ブラックなのは「会社」ではなく「社会」

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「ブラック会社」という“概念”は、一般的にも認知度が高まり、問題意識を持つ人も多くなっているかと思います。
しかし、世の中には「ブラック会社」と「ブラックでない会社」があり、前者を非難追究する、という態度に陥りがちです。
少なくとも私がそうでした。
そうなってしまう理由は、「ブラック会社」というものが社会的にどのような意味を持っているのかがよくわからないことです。
そして、なぜわからないかというと、「ブラック会社」というのは、ある特定の企業を指すのではなく、〈社会の状態〉そのものを表す言葉だからです。
だから、いち企業である「ブラック会社」だけを問題にしても仕方がないわけです。
つまり、「ブラック会社」ではなく「ブラック社会」と表現するほうがより正確でしょう。
ただ、まあなんとなく、この本を読む前から、あいまいながらもそんな気はしていたので、新たな発見というほどではありません。
しかし、では具体的に「ブラック企業」が社会に与える影響とはどんなものなのか、というところまで考察が進んでいなかったのも事実です。


社会全体が引き受けるコストは、鬱病に罹患した際の医療費などのコスト、若年過労死のコスト、転職のコスト、労使の信頼関係を破壊したことのコスト、少子化のコスト、またサービスそのものが劣化していくといった、あらゆるものに及ぶ。

上記はほんの一例ではありますが、この本を読むことで、その「具体的な影響」がわかり、目からウロコの心境です。

【ブラック企業 日本をくいつぶつ妖怪】
今野晴貴
文春新書
¥809

『アクションゲームサイド』Vol.A発売!──ゲームをより楽しむためにレビューを書こう![番外編]

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自分の好きなゲームについて熱く語るゲーム雑誌『アクションゲームサイド』Vol.Aが12月3日に発売されます。

これは『ゲームサイド』に掲載されたアクションゲームの記事を集めたものです(新作記事もあり)。

ぎゃふん工房は〈「セガ道」師範代〉として、

  • 『ウッディポップ』(セガ・マークIII)
  • 『ベア・ナックル』『ベア・ナックルII』(メガドライブ)
  • 『スーパーワンダーボーイ』(セガ・マークIII)

のゲームレビューをしています。

また、有名クリエイターが名作のイラストを描くコーナー「レトロポリタン美術館」で、

  • 『モンスターワールドIV』(メガドライブ)

のゲーム解説もしております。

ぜひみなさんもこの雑誌をご覧になって、ゲームレビューの書き方の参考にしてください。

……といいたいところですが、私の記事に関しては、ゲームレビューとしては、かなり奇をてらったものになっておりまして、あまり参考にならない気がします。

ですが、ほかの方の記事は、「悪口を言わない」など、 これまで述べてきたような「ゲームレビューの心得」があてはまりますので、お手本になるのではないかと思います。

書店で見かけましたら、ぜひ手に取ってみてください。

小説の参考にするため横浜の洋館に行ってきました

現在制作中のホラー小説のプロットに「洋館で戦う」とありましたので、横浜の洋館に取材に行ってきました(といっても、デジカメで写真を撮っただけですが)。
当初は、『バイオハザード』に出てくるような洋館をイメージしていたのですが(同じホラーですし)、個人の邸宅であんなデカイ建物はないでしょう(そもそも日本じゃないし)。
いや、あるかもしれないけど、リアリティがない。
といっても、リアルな小説ではないので、あんな洋館でもいいのだけれど、ここはなるべく現実的にいきたい、ということで、実際の洋館をモデルにすることにしました。
今回訪れたのは、べーリック・ホール。イギリス人の貿易商・べーリック氏のお家を再現したものです。
十分な豪邸ではありますが、たとえば『名探偵コナン』の舞台になる洋館などと比べると、こじんまりしています。
やはり作品に登場する洋館は、フィクション上の誇張が入っているわけです。そのことがわかるだけでも、実際に足を運んだかいがあったというものです。
すでに陽が傾いていたので、写真が全体的に暗いです。また、何かのイベント中でお客さんがいっぱいいたので、満足のいく構図では撮影できませんでした(たとえば、一番広い居間は撮れなかった)。
ですが、洋館に興味のある方の参考になれば幸いです。
●建物の外観
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▲この日はコンサートが開かれていました。
●食堂
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▲『バイオハザード』はこの部屋が発端でしたね(なんとなく似ています)。
●暖炉の上の燭台
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▲いかにも洋館という雰囲気のアイテムです。
●階段
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▲下から撮りたかったのですが、人の行き来が激しく残念。この1枚も奇跡的に人が写っていません。
●廊下
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▲建物の大きさの割には狭い感じがしますね。もっとも廊下なんて歩くだけですから、広さは必要ないのでしょう。
●主人寝室
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▲エリック氏の書斎ですかね。机の上にタイプライターがありますので、ここでセーブができそうですbyバイオ厨。
●令息寝室
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▲子ども部屋です。このまま自分の部屋にしたいくらいです。
●夫人寝室
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▲上の子ども部屋もそうですが、部屋全体のカラーリングが芸術的ですなあ。
※横浜にある洋館めぐりプランなどは下記のサイトへ。
山手西洋館│横浜市緑の教会

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』──エヴァ世界の理(ことわり)を超えた新たな物語の誕生

視聴者側にとって「観たいエヴァ」、制作者側にとって「作りたいエヴァ」──「エヴァらしさ」というのは、すべて旧作版に含まれている。そこからはずれたものは「エヴァではない」という烙印を押されてしまう。

それほどまでに、旧作版『エヴァ』は堅固な物語です。

『序』は、映像や音声など「見せ方」はバージョンアップしていますが、物語は旧作を踏襲しています。

『破』は、マリという新キャラクターが登場しましたが、小娘がひとり増えただけで、作る側も観る側も大騒ぎになりました。

でもって、新劇場版の第3弾の『Q』です。

「エヴァ」の新作として、登場人物を増やしたり、メカの数を追加したり、世界観に関わる設定をもう少しだけくわしく語ったりする。 それは我々の想像・期待の範疇でしょう。制作者側にとっても、順当な作業といえます。エヴァという「堅固な物語」を変えることにはならないからです。

たしかに『Q』でも、新キャラクターが増えていたり、新しい機体や見慣れない装備が登場したりしています。これも今作の見どころではあります。

しかし、今作の最大の“暴挙”ともいえるチャレンジは、既存のキャラクターのベクトルや立ち位置を180度転換させる、というものでした。

──エヴァ世界の理(ことわり)を超えた、新たな「エヴァ」の誕生。代償として、古(いにしえ)の物語は滅びる。

ひょっとしたら我々はこんなエヴァ「も」、観たかったのかもしれません。 ひとつの物語、1本の映画、アクション・アニメとして観れば、傑作であることは間違いありません。 でも、旧作版に親しんだ者としては、どこか寂しさも覚えずにはいられない。 そんな作品でした。

文句を言わない──ゲームをより楽しむためにレビューを書こう![8]

「ゲームレビューを書こう」シリーズでは、ゲームの欠点を探そうとしない、まずは目の前にあるものを受け入れる。そんな話をしてきました。

それに関連して、筒井康隆氏の『朝のガスパール』(新潮文庫)に、興味深い記述がありましたのでご紹介します。

この作品は、朝日新聞の朝刊に連載されていたのものです。読者からの投書が作品内に登場するというおもしろい試みもなされています。

作品を批判するネットでの書き込みに対し、『朝のガスパール』の作者である櫟沢(=虚構内の人物)が反論として

自分の口に合わない小説の悪口は際限なしに言えるということをこの男は知らず、それを自分の能力だと思い込んだ。

と述べています。

ここでいう「小説」はそのまま「ゲーム」にも当てはまるでしょう。

ゲーム(に限らず「作品」)の欠点探しは、やりはじめるとキリがないですし、もっとタチが悪いのは、いちおうそれなりにレビューをした気持ちになれる、レビューの体裁は整ってしまうということです。

しかし、そこからは何も生み出されない。ひいては幸福なゲームライフを送ることに寄与しない、ということを銘記したいものです。

もちろん、そうは言っても、欠点しか思い浮かばないゲーム、というのもあるでしょう。
それは、何度も述べているように、そもそものゲーム選びの失敗、審美眼のなさに由来するもので、すべては自分に罪があります。

ですから、そういう場合は「何もしない」という態度をとることも必要なのです。

【カクスコ名言集】「ごちゃごちゃ考えるっていうのは、何も考えないのと同じ」

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伝説の劇団「カコスコ」の公演から、名台詞を紹介していくシリーズの第3弾。今回は、ぬいぐるみ劇団「丸子組(まりこぐみ)」の団員がドタバタする「上りの始発」を取り上げます。
団員の久保木が掃除をしていると、副団長の浜田が缶詰めを持ちながら「オーイ、オーイ」と誰かに呼びかけています。
丸子組は、1週間ほど前からこの古い駅舎で寝泊まりしているのですが、そこにいた猫にエサをあげたりして、可愛がっていたようです。
しかし、今日は姿が見えないので、浜田がエサの缶詰めを持ちながら探していたわけです。
問題は、猫に名前がないことです。だから「オーイ」と呼ぶしかありません。
そこで、浜田は「今、つけちゃおうか」と久保木に提案します。
久保木は、「今つけた名前を呼んだって、猫が出てくるわけがない」と反論します。
それに対して浜田は、


ごちゃごちゃ考えない。ごちゃごちゃ考えるっていうのは、何も考えないのと同じことなんだから。

といって取り合いません。
これは、なかなか示唆的な言葉です。
たしかに、いくら考えても結論の出ないゴタゴタ、考える意義のない課題、今考えるべきでない問題に頭を悩ませることは日常生活でもよくあることです。
そんなとき、私は浜田さんのこのセリフを思い出し、戒めとしています。
結局、浜田は猫に「ペス」という名前を付けます。当然、久保木からは「それじゃ犬ですよ」というツッコミが入ります。