佐藤正午『ジャンプ』(本)──彼女がデートの最初に「よそよそしい」理由は?

自分の彼女が「5分で戻ってくる」と言ったまま行方不明になってしまい、その失踪の真実を延々と探っていく。

失踪の理由は、極めて低い可能性、それはもう俺が松室麻衣ちゃんと同棲してしまう、あるいは俺が藤本美貴と結婚してしまう、というのよりさらに低い可能性で起こった偶然によるもの、であるように読める。

しかし、実際は違う。

答えは、失踪した彼女とは別の交際相手(浮気相手)が、デートの最初の15分間、なぜかいつも主人公に「よそよそしい」ことの理由にある。

すなわち、主人公自身の態度がデートの最初はいつも「よそよそしい」こと。だから、相手もよそよそしくなる。

一見すると自分とは無関係の、自らの責任の埒外で起こった“失踪”であったように思えるけれども、実はすべて自分の「態度」に起因していたのだ。

この着地のさせかたが痛快であり、軽やかな“読感”ながらも、含蓄のある作品だなあ、としみじみ感じ入ってしまった。

藤本美貴『藤本シングルMクリップス1』(DVD)──「藤本美貴=3人説」を信じてしまう3つのビデオクリップ

先週、松浦亜弥のことを書いたから、今週は藤本美貴を取り上げなければなるまい……というより、こっちが本命、俺にとっちゃメインディッシュなのだ。

さて、“今ブラウン管に映し出される女の子の中で最もかわいい”藤本のビデオクリップ集であるが、松浦とは異なり、たった3曲しか収録されていない。

しかし、3曲それぞれ顔が違っているというところが見どころである。

松浦のように「表情のバリエーションが豊富」というのではなく、ほんとうに顔の作り、骨格から変わっているように見えるのだ。実は藤本家には三人姉妹がいて、その子たちがかわりばんこにビデオクリップに出ている、と言われたら思わず信じてしまうだろう。

しかもその方向性が「時を経るごとに洗練され綺麗になっていく=プロ化」ではなく「無邪気さが増しかわいくなっていく=素人化」と、普通とは逆である点が興味深い。

世間では、松浦の方が人気がある(知名度がある)ようだが、いずれ逆転するのではないか。ま、別に逆転しなくてもいいのだが。

松浦亜弥『松浦シングルMクリップス1』(DVD)──“女狐”がその正体を見せたとき真の恐怖が始まる

松浦亜弥か、藤本美貴か。「仕事を取るか、家庭を取るか」と同等の、男が人生において迫られる究極の選択のひとつだ。もちろん俺は両方を選択した。松浦と藤本、両者のDVDを購入したのだ。

松浦亜弥。世間一般で言われているように、確かに美形であり、かわいい。ビデオクリップも、素材(=松浦)の魅力を最大限引きだす演出が目白押し。まさにビデオクリップのお手本、模範、見本誌、といった出来栄えだ。

しかし、藤本にあって、松浦にないもの。松浦に欠けている大切な何かがあることに気がついた。それは“色気”(と書いて「エロけ」と読む)。たとえるなら、松浦は血のつながった妹で、藤本は血のつながっていない妹。その違い。だから、松浦に“エロけ”を感じることはできないし、してはならぬのだ。

……と、今回の批評はここで終わるはずだった。ところが、あらためて見直してみて、とんでもないショットが紛れ込んでいるのを発見してしまった!

問題のショットは、5曲目「桃色片思い」の間奏部分(「あーや、あや、あや」のコーラスのところ)。バスタオルだけを身にまとった松浦がシャワー室で踊るシーンだ。「バスタオル」という点がとんでもないのではない。注目すべきはその表情。「これが松浦亜弥?」と我が目を疑ってしまうほどの別人ぶり、“エロけ”たっぷり、フェロモン全開なのだ。

たしかに、他の曲のビデオクリップも表情豊かで、表現力の高さを見せつけてくれるのだが、このバスタオル・ショットだけは破格。その意味では違和感すら覚えてしまう。

女狐が図らずもその正体を現してしまった、とでもいうのだろうか。ひょっとして、これが松浦の真の姿なのではないか。俺は見てはいけないもの、気づいてはいけないものに気づいてしまったのではないか。そんなふうに想像をめぐらせていくと、恐怖が湧いてくる。

おそるべし松浦亜弥、だ。