『キューティーハニー』(映画)──「不自然さ」を突き詰めると「絵に描いたような」ヒロインが完成

たとえば、これはあくまでアニメではなく実写である、というのがひとつ。そして、大昔を舞台にした時代劇でも遠い未来を描いたSFでもないというのがもうひとつ。

どう考えても「不自然」な作品にならざるを得ない要素が目白押しである。

ここでいう「不自然さ」とは、荒唐無稽だとかリアリティがないということではなく、観客が作品に熱中できなくなるような完成度の低さを言う。

主人公「ハニー」のような格好をした女の子が目の前にいたら違和感しか感じないし、あんな敵キャラクターが街中に出現したって、笑い話にすらなりゃしない。

しかし、本作品の制作陣は「不自然さ」というものを徹底的に追究した。「不自然さ」の詰めが甘く、安っぽい、嘲笑ものの仕上がりになってしまう、という失敗は犯さなかった。

その結果生まれたものは、「絵に描いたような」すなわち誰もが言わば手放しで受け入れられるヒロイン物語だった。

劇中の世界観はもちろん、シナリオ、描写方法に至るまで、完膚無きまでに統一がとれているため、観客は「荒唐無稽な」「リアリティがない」世界をじっくりと堪能できるのだ。

4 Replies to “『キューティーハニー』(映画)──「不自然さ」を突き詰めると「絵に描いたような」ヒロインが完成”

  1. 而してその実体は…

    奇しくもキューティーハニーを見た。
    いっとくがエロティカビリティな理由から見たのではなく、この映画自体そんなにはそんなのではない、そんなには。
    庵野さんと摩砂雪のコンビクレジットも懐かしいねー。あのころは若かったなあ。
    脚本:高橋留美?
    ああーうる☆やつら…….

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