『怪~ayakashi~化猫』──アニメだからこそ人間の恐るべき本質に迫る 2008.01.01 日本製ホラーのなかで、アニメというジャンルはノーマークであった。いざフタを開けてみると、これがまた恐るべき表現形式であることを思い知らされた。この『化猫』は、アニメといっても、いわゆるアキバ系の売れ線の絵柄とは一線を画する。浮世絵をモチーフにしたような、まさに日本の伝統的様式美の趣。およそホラー
『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』(映画)──作品の本質を制作陣が十分に自覚したリメイク 2007.09.17 TV版および旧劇場版『エヴァ』について、『エヴァンゲリオン解読』(三一書房)の著者の北村正裕氏はことによると、庵野監督自身も、自らの作品の素晴らしさを、完全には理解していないのではないか。と述べている。これには深く共感することしきりであったが、新劇場版を観ると、やはり制作者たちは自分
『呪怨 パンデミック』(映画)──足掛け10年の“呪怨ウオッチャー”がこの映画を観ると…… 2007.08.14 ハリウッド・リメイク版の2作目にあたる今作は「前作より恐怖倍増。伽椰子の呪いもパワーアップ」と謳われているが、「なに言ってる。日本版『2』のほうが数倍怖いわいっ」と足掛け10年の“呪怨ウオッチャー”としては反論してしまう。ここへきて、日本版とハリウッド版の違いがはっきりしてきた。日本版は、ひたす
『トゥモロー・ワールド』(映画)──“長回し”という、ありふれた手法がリアリティを作り出す 2007.07.16 現実の紛争地帯にカメラを持ち込んで、この映画で描かれるような戦闘を撮影したとしても、スクリーンに映し出される映像がリアリティを持つとは限らない。リアリティとは、あくまでも観る者の感覚に依拠するからだ。映画の制作者たちは、だから、いかに観客の感覚に訴える「リアリティ」を作りだすかということに腐
『300<スリーハンドレッド>』(映画)──戦闘の迫力はCGで実現しているわけではない 2007.07.01 映画を観る前にアレコレ情報を入れない主義だから、CGを多用して、血が吹き出る、首がすっ飛ぶの大騒ぎを描くだけの作品かと思ったら、これが意外にも、知的で繊細な格闘映画なのであった。その秘密は、物語の前半が、「なぜスパルタ軍が強いのか」という理由を説明するためだけに費やされているからである。だか
『ソウ3』(映画)──今回は残虐にしてみました 2007.06.24 『ソウ2』のレビューで、前作は、博打のようなワン・アイディアが最大の魅力であり、二番煎じなど絶対に許されぬ作品だ。と書いた。第1作目のラストがあまりにも衝撃的だったために、「どんでん返しこそがソウの特徴」だと思っていたが、この3作目にきて、考えを改めたほうがいいのではないかと思った。
『パプリカ』(映画)──《夢》を映像化するのと文章化するのはどちらが難しいか? 2007.06.24 《夢》を文章化するのと、映像化するのとでは、どちらも大変だと思うが、表現されたものを受け取るのは、「映像」のほうが“楽”なのではないか。この『パプリカ』は映像、それも実写ではなく、100%制作者のイマジネーションで構成されているアニメであるから、何でもありという意味で、《夢》の映像化は簡単のように
『ガール・ネクスト・ドア』(映画)──危険度ランクA女優、エリシャ=カスバートがポルノ女優役だと……!? 2007.05.26 『24 -TWENTY FOUR-』シリーズのキミー役でおなじみ、エリシャ=カスバートは、このたびぎゃふん工房によって「危険度A」に認定された。エリシャの前に「危険度A」に認定されたのがTata Young(タタ・ヤン)であることを考えれば、この危険度の判定がいかに厳しいものであるかがわかってもら
『真救世主伝説 北斗の拳 ラオウ伝 殉愛の章』(映画)──鑑賞して初めてわかる“豪華声優陣”の意味 2007.04.15 阿部寛、柴咲コウ、宇梶剛士という本作品のウリである“豪華声優陣”は、たしかに知名度では“豪華”かもしれないし、実写映画で実力のある役者であることを認めるのにやぶさかではない。だが、ぎゃふん工房は、洋画の吹き替え、アニメのキャスティングに対して、非常に厳しい批評家で知られている(おそらく一部では)
『変態村』『LOFT』(映画)──ふつうの人にはオススメできないホラー2本 2007.02.18 最初に断っておくが『変態村』は他人にはオススメできない作品である。ホラーというジャンルの原典ともいうべき『悪魔のいけにえ(THE TEXAS CAINSAW MASSACRE)』を、自分なりの味付けを加えて再現しようというのがこの映画の趣旨であろうと邪推できるのだが、もはやそんな映画はゴマンとあ